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海蔵寺

神奈川県鎌倉市扇ガ谷4ー18-8

鎌倉駅から海蔵寺までの道のり。

鎌倉駅から寿福寺・英勝寺前を通り海蔵寺へ向かいます。

鎌倉鎌倉鎌倉鎌倉

鎌倉駅西口を出て150m先の鎌倉市役所前の信号を右折したら道なりに進みます。
鎌倉五山第三位の寿福寺、その先の英勝寺前を過ぎJRの線路脇を少し行くと左側に小さなお稲荷さんが有ります。

左折すると源氏山公園・銭洗い弁財天方面

お稲荷さんの前を過ぎると道は左にカーブしてJRの線路と分かれます。
程なく左T字路で、左折源氏山公園・銭洗い弁財天の標識が有りますが海蔵寺は直進します。ここから海蔵寺までは200mたらずです。この辺りは新緑がきれいですねほらこの先に見えてきました、あと少しです。

もうすぐ海蔵寺


『 扇谷山 海蔵寺 』  臨済宗建長寺派  本尊・薬師如来坐像  別称・水のお寺

海蔵寺の山門前

海蔵寺の山門前

鎌倉駅から歩いて20分ぐらい、人気の小町通りや鶴岡八幡宮と違い参拝者も静かにゆっくりと静かな時間を楽しんでいます。
中央の階段上が山門になります。

左折すると源氏山公園・銭洗い弁財天方面

←海蔵寺山門前から振り返ると鎌倉駅周辺の喧騒から離れ古都鎌倉の静かな時が流れていました。
            海蔵寺山門→

もうすぐ海蔵寺


本堂の左に建つ薬師堂(仏堂)
本堂の左に建つ薬師堂(仏堂)

庫裏
庫裏

本堂手前右に建つ鐘楼
本堂手前右に建つ鐘楼

山門を抜けると右に鐘楼が建ち、そのすぐ後ろには庫裏があります。正面が本堂です(下の写真)左に薬師堂(仏殿)があり薬師堂の中央には、本尊の薬師如来坐像と両脇に、向かって右手に日光菩薩、左手に月光菩薩像が祀られています。本尊は、啼薬師とも呼ばれていますが、胸のところに扉がついており、その中には、境内で見つかった仏様の頭部が納められています。


海蔵寺の本堂

海蔵寺本堂

山門から見て正面奥が本堂になります。鎌倉時代、七堂伽藍を持つ規模の大きい寺があったと伝えられますが、鎌倉幕府滅亡時に消失し、その後応永元年(1394)に鎌倉公方足利氏満の命で上杉氏定が心昭空外を招いて再建され扇が谷上杉氏の保護を受けて栄えました。

本堂裏の庭

本堂裏の庭

本堂左を進むとこの本堂裏の庭を望む事ができます。入る事が出来るのはここまでですが手入れの行き届いた山水庭園が目を引きます。秋には色ずいたもみじと緑の苔のコントラストが素晴らしい紅葉スポットになります。


薬師堂手前の小道を進むと小さな切り通しがありそのすぐ先に海蔵寺が水の寺と言われている由縁の『十六ノ井』があります。

薬師堂手前の小道小さな切通し十六ノ井洞窟

海蔵寺十六ノ井 海蔵寺十六ノ井

洞窟の中を見ると正面に観音菩薩像(石仏)が祀られてあり、その下に弘法大師が安置してあります。十六の名は写真の通り洞窟の中に直径70cm位の穴が掘られていてその穴の数が縦横4個ずつ(4×4)並び全部で16の穴があり綺麗な湧き水を湛えていることから『十六ノ井』と言われています。(写真ではアングルの関係で12穴しか見えません)


もう一つ海蔵寺が水の寺と言われる分けは、山門前右側に鎌倉十井の『底脱(そこぬけ)ノ井』があります。

海蔵寺底脱ノ井

横に説明書きがあり、この井戸は、鎌倉十井の一つで、中世の武将の安達泰盛の娘・千代能がここに水を汲みに来た時、水桶の底がすっぽり抜けたため、「千代能がいただく桶の底脱けて、水たまらねば月もやどらず」と詠ったことから、この名が衝いたと言われています。
井戸の底ではなく、心の底が抜けて、わだかまりが解け、悟りが開けたと言う投機(解説)の歌です。と記されています。

海蔵寺境内に咲く花

海蔵寺境内に咲く花

海蔵寺境内に咲く花

海蔵寺境内に咲く花

海蔵寺境内に咲く花

海蔵寺境内に咲く花

鎌倉

海蔵寺を後にしてJRの線路の所まで戻ってきたらガードをくぐります。

左折すると源氏山公園・銭洗い弁財天方面

JRガードのすぐ近く八角堂がありますこれは、海蔵寺『岩船地蔵堂』で、古くから頼朝の娘「大姫」を供養する地蔵堂と言い伝えられてきました。『北条九代記』には、許婚との仲を裂かれた姫が傷心のうちに亡くなったこと、哀れな死を悼む北条、三浦、梶原など多くの人びとが、この谷に野辺送りしたことが記されています。平成13年に堂を再建し、本仏石造地蔵尊を堂奥に、今なおほのかに紅をさす木造地蔵尊を前立像として安置し供養してます。

この後、地蔵堂前を左へ行くと『亀ヶ谷切り通し』を経て北鎌倉へ、曲がらずに直進すると『小町通り』の路地へ行けます。