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寿福寺

神奈川県鎌倉市扇ヶ谷1-17-7

鎌倉駅から寿福寺までの道のり

鎌倉駅から鎌倉五山第三位の寿福寺・銭洗い弁財天・英勝寺・海蔵寺は鎌倉駅西口が近道です。

寿福寺アクセス寿福寺アクセス寿福寺アクセス寿福寺アクセス

鎌倉駅西口を出ましたら駅前正面のロータリーを鎌倉市役所方面に進み、100m先の「市役所前」の信号を右に曲がります。
そのあと道なりに進むと左側に上の写真3枚目の蔵が見えてきます。

この蔵は秋田県湯沢市に建てられていた造り酒屋の酒蔵でした。それをほぼ原型のまま移築し、歴史都市鎌倉で土壁等伝統技術を使い、住宅として再生させた建物です。
その先には純粋蜂蜜のお店が有りました。

鎌倉五山第三位 『 亀谷山 寿福寺 』  臨済宗建長寺派  本尊・釈迦如来

鎌倉駅からゆっくり歩いても10分位で寿福寺山門に着きます。

寿福寺山門

寿福寺は、臨済宗建長寺派の鎌倉五山第三位のお寺で、源頼朝が没した翌年、妻の北条正子が明庵栄西を開山に招いて建立しました。鎌倉幕府三代将軍の源実朝も再三参拝したお寺と記されています。


寿福寺境内 寿福寺境内 寿福寺境内

山門から真っ直ぐに伸びた参道(左写真)の両側は苔の緑と木々に囲まれて涼しげな佇まいです。この時期は花の盛りではないのですが傍らには淑やかに淡いピンクのツツジが咲いていました。(中写真)
150m程の参道が終わり中門を入ります。(右写真)


寿福寺本堂

寿福寺本堂

創建当時は七堂伽藍を擁し、14の塔頭を有する大寺院で、禅刹として体裁を整えたのは1278年(弘安元年)頃と推定されている。 1247年(宝治3年)に火災にあい、1258年(正嘉2年)の火災では一宇を残さぬまで焼失している。これらの復興は、伝実朝墓五輪塔などの存在から、おそらく南北朝時代の頃と思われる。現在の仏殿は1664年(寛文4年)の再建である

裏山の墓地

中門の脇に境内裏手の墓地に入る道がある、墓地には陸奥宗光(政治家)、高浜虚子(俳人、小説家)、大佛次郎(小説家)などの墓があります。


北条正子の墓 源実朝の墓
源実朝の墓 北条正子の墓

裏手の墓地奥には、やぐら(鎌倉地方特有の横穴式墓地)があり中には北条正子・源実朝の墓と伝わる五輪塔がある。