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東京下町の夏の風物詩『  入谷の鬼子母神と朝顔まつり 』 毎年7月6・7・8日開催

東京下町の夏の風物詩「入谷朝顔まつり」が、東京都台東区の入谷『鬼子母神』境内及び近接商店街で毎年開かれます。今年は平成22年7月6日(火)から8日(木)までの3日間の開催ですが、梅雨の晴れ間の7月8日最終日の早朝5時半に訪問しました。

入谷の『 鬼子母神 』(きしもじん・きしもしん)『真源寺』 東京都台東区下谷1-12-16

入谷の鬼子母神

朝顔まつりは、ここ入谷の『 鬼子母神 』を中心に近隣商店街で、毎年七夕の7月7日を挟んだ3日間開催されます。

鬼子母神は、夜叉毘沙門天の部下の武将般闇迦(パンチーカ)の妻で500人(一説では千人あるいは一万人)の子の母でありながら、いつも他人の子供を捕まえて食べてしまうため、釈迦は彼女が最も愛していた末子・愛奴児(ピンガーラ)を隠して子供を失う母の苦しみを悟らせました。
その苦しみを知った鬼子母神は釈迦の教えによって仏教に帰依し、以後、仏教の護法善神となり、子供と安産の守り神となりました。
(入谷の鬼子母神は「鬼」の字の一画目の「ノ」は、角が取れたと言う事で付きませんが、当用漢字に無いため「ノ」が付いています。)

  

入谷の鬼子母神境内 入谷の鬼子母神境内 入谷の鬼子母神境内

恐れいりや(入谷)の鬼子母神、びっくりしたや(下谷)の広徳寺、どうでありま(有馬)の水天宮、・・・・。」(江戸時代の天明期を代表する文人・狂歌師、大田南畝作)と言うフレーズを聞いた事のある方は多いと思いますが、その一番最初の鬼子母神です。

門を入るとすぐ目の前にお堂があり、境内はこじんまりとしてさほど広くはありません。門を入ってすぐ左には子抱き地蔵尊と宗祖日蓮上人の座像が祀ってあります。

入谷朝顔まつり   訪問日2010年7月8日(木) 

『昭和通リ(国道4号)』と『言問通り』が交差する『入谷』交差点から鬼子母神前を通り『根岸1丁目』までの200m程に所狭しと、朝顔の露店がならびます。(他に入谷南公園、鶯谷南、北口駅などにもお店が出ます。)

入谷の朝顔まつりのゲート

訪問した時間が早朝の5時半ということで、まだ朝顔の露店以外はビニールシートが掛かっていて人通りはあまりありません。

このあと開催地の鬼子母神前の「 言問通り 」は昼間も然る事ながら夕方5時から夜の10時まで車道も通行止めになり大賑わいです。

入谷朝顔発祥之碑

横断歩道を渡り道路の鬼子母神側の交差点一郭に「 入谷朝顔発祥之碑 」が建っています。嘉永・安政時代に下谷坂本村字入谷に住んでいた植木師の成田屋山崎留次郎という人が、東の朝顔造りの大関であったと記録が残っています。
入谷が朝顔で有名になったのは、明治になってからのことで、土質が朝顔造りに適していたのか、十数件の植木屋が、一軒500~600坪の土地を有し、軒を連ねて朝顔造りをはじめました。

左側の碑は、「 入谷乾山窯元之碑 」です。
画家・尾形光琳の弟で画業のほかにも書・茶をよくし、特に作陶が有名な尾形乾山が入谷に窯を開き、その作品は「入谷乾山」と呼ばれました。

その他の写真(1)(2)


鬼子母神前の通りです、あまり賑っていないのかしらと思わないでください。今、朝の5時半です。

入谷朝顔まつり


本日も早朝5時から開催されている朝顔まつりですが、もうすでに買い求めるお客様がいます。

入谷朝顔まつり 入谷朝顔まつり


朝顔のお値段は『朝顔組合』が一律に決めているようでどこのお店も6号鉢で2000円の金額が出ていました。

入谷朝顔まつり

入谷朝顔公認札

入谷朝顔実行委員会が公認する朝顔には、全て写真の札が添えられています、多数の類似品が出回っているのでこのような札が付けられました。札の添えられた商品だけが、公認された正式で正当なあさがおです。
類似品にはご注意ください。

入谷朝顔公認札

見る限りではどこのお店も6号鉢にプラスチック又は竹の枠が付けられ私は知りませんでしたが、この造り方を『行灯造り』と言うそうです。

こちらのお店には3500円の朝顔も出ていました。
珍しい朝顔は少し高くなっているようです。


入谷朝顔まつり

初めて入谷の朝顔まつりに出掛けていきましたが、早朝と言うことで客足はまだまだでした、夕方5時からは鬼子母神前の言問通りが車両通行止めとなり歩行者天国になるので、露店も道路に広がり朝顔を求める人も道にあふれるようになります。
静かな内に風情を楽しみたい方は早朝に、賑やかなことが好きな方は夕方以降に行かれると良いでしょう。