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あさくさ観音・浅草寺

浅草寺境内とその周辺をご案内します。

浅草神社 (三社様)

三社祭で有名な浅草神社は浅草寺本堂の東側に位置し、浅草寺本堂と二天門の中間に建ってます。


浅草神社(撮影日2010年6月6日)
2010年6月6日(日)浅草神社

浅草神社の由緒
浅草寺の起源となった、人型の像(観音像)を隅田川で網に掛けた漁師檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟と、当時郷土の文化人でその観音像が聖観世音菩薩の尊像にして自らも帰依の念心仏体であることを兄弟に告げ、諄々と功徳、おはたらきにつき説明した 土師真中知(はじのまつち=後に剃髪をして僧となり、自宅を改めて寺となし、さきの観音像を泰安して供養護持のかたわら郷民の教化に生涯を捧げた)ですが。 土師真中知の没した後、間もなくその嫡子が観世音の夢告を受け、三社権現と称し上記三人を神として祀ったのが三社権現社(浅草神社)との始まりであるとされています。 明治元年に三社明神社と改められ、同6年に現在の名称に至ります。
今もなお、「三社さま」として親しまれている浅草神社ですが、元来三人の神様をお祀りしたことからそのようによばれています。


影向堂(ようごうどう)生れ年の十二支本尊が祀られています

本堂のすぐ西側に影向堂が建ってます、この堂宇は 観音さまのお説法やご活躍に不断に協力されている仏さま方を「影向衆(ようごうしゅう)」とお呼びし、これらの仏さまをおまつりするお堂です。


影向堂(撮影日2010年1月17日)
2010年1月17日(日)御影堂

中央に聖観世音菩薩、その左右に生れ年(干支)ごとの守り本尊八躰を祀ってあります。又堂内には浅草名所(などころ)七福神の内の大黒天をお祀(まつ)りし、また浅草寺の御朱印所も併設されており、ご朱印をお求めになるご信徒の方々も大勢お参りになります。

  春の影向堂(2010年3月撮影)
春の影向堂 春の影向堂

浅草寺・西境内影向堂の前

影向堂の前は阿弥陀様・菩薩様・お地蔵様・お薬師様など神様のデパートです、一部ですがご案内します。

春の影向堂

←阿弥陀如来像
阿弥陀如来様は、極楽浄土にあって法を説き、無量の光明と寿命をもって永遠の生命を与えてくださる仏様。


後光がさす聖観世音菩薩→
心の目で見ることを「観[かん]」といいます。色なき色を見、音なき音を聴く、これが「観」です。この観の働きをもって私たちの悩みや苦しみや悶えをお救い下さるのが観音菩薩です。

春の影向堂
春の影向堂

←宝きょう印塔
宝きょう印塔とは、塔内に『宝きょう印陀羅尼経』を納めた塔の事で、参拝諸人は計り知れない功徳を得るといわれている。


三尊名号の碑→

春の影向堂
春の影向堂

出世地蔵尊→

現代のサラリーマンの見方でしょうか?このほか「子育地蔵尊」や「商徳地蔵尊」などお地蔵さんが皆様をお守りしてくれます。

←金龍権現(左側)と九頭竜権現(右側)

浅草寺ご本尊観音さまのご示現にあたり、天より百尺ばかりの金龍が舞い降りて、その功徳を讃え観音様をお守りしたとされる。そのことから浅草寺の山号を「金龍山」と言う。

春の影向堂

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